ヴォーカリスト・ヴォイストレーナー・ソングライター 
   (ジャズ・ポップス・Jポップ・POPJAZZ)

白根真理子さんのこと――「POPJAZZ」ライナーノーツに代えて

・「白根真理子は羽の生えた少女である」


 そんなフレーズがふっと頭に浮かんだのは、横浜カモメのライブを聴いている時でした。歌いながら、時折、表情に少女の面影がのぞきます。ご本人によると、ジャズの雰囲気は好きだけれど、ジャズ・ボーカルを歌っている自分にはなじめない。ジャズのマニアックな雰囲気は、すこし、居心地が悪いそうです。一方で、「大好きなPOPS歌ってどこが悪いの」と開き直っています。ここまで生きてきて、いろいろあったけれど、やっと好きな歌が歌えるようになった。だから自由に歌いたい。そんな自分を許してあげたい。そう言っているように、私には聞こえるんです。そこで冒頭のフレーズが浮かんだんですね。
 驚いたことに、白根さんがこのCDのために書き下ろしたオリジナル曲「雨音」の詩に同じような一節があったんです。

 雨音 すべてを流して
 この手に降り注ぐ 壊れたものを 
 自由に すべてを許して 

 羽の生えた心 止められない 誰にも

 と、心の飛翔を素直に喜んでいます。
 白根さんはきっと、いま歌いたい音楽を、いまだから歌えるやり方で歌っているんです。ジャンルに束縛されず、自由に歌いたいから、タイトルも「POPJAZZ」なんです


・「白根真理子は新人ではない」

 20才のころ、ある有名プロダクションに所属して、ニューミュージック系アイドルヴォーカルグループとして歌手デビューされています。さあ、これから売り出そうという時に事務所をやめたそうです。少女の心に何が起こったのかは知りません。私の勝手な想像ですが、会社の人や家族や多くの人を裏切ることによって、心の中の大切なものを守ったのかもしれません。
 自らの意志でアイドルの道を切り捨てても、好きな音楽は捨てられなかったようです。音大でクラシックを学んだ後、ピアノ教師、ボイストレーナーをしながら、ゴスペルのグループにも入っています。ずっと歌い続けてきた人なのです。ですから、声量は相当にありますね。その気になってシャウトすれば、多分ダイナマイト・ボイスにもなります。無理しなくても高音から低音まで張りのある艶やかな声が出せる人なのです。どれが地声なのかは、ついぞわたしには分かりません。このCDでは、そんな七色ボイスが味わえます。
 ポップジャズ誕生にはギタリスト布川俊樹氏との出会いがありました。ライブを見て感動し、すぐにメールを送り、弟子入りを志願したんだそうです。思い込んだら一途という強引な性格もあるようです。布川氏の指導で4年半ジャズの勉強をされました。「がんばりやで、意志の強い女性です」と布川氏も賞賛するほどの打ち込みようで、とうとう3年前から、横浜のライブレストラン「カモメ」で歌うプロのボーカリストになられたのでした。

・「白根真理子の曲は恋物語である」

 このCDには、白根さんが心の中で温めてきた4曲のオリジナルが入っています。長く封印していたオリジナルの構想を、このCDのために一気に書き下ろしたそうです。
 「雨音」で

 羽の生えた心 止められない 誰にも

と自由な鳥になった白根さんは、Placeという曲で、

 ずっとありがとう、いつもありがとう
 信じられなかった日々が 遠くなるほど 愛しくなってく
 だからもう涙は見せない

と、人に感謝できるほど強くなった、いまの自分の心情を綴っています。

「It’s Just You」ではこう結ばれます。

 どんな小さなことだって 夢にすることだけは出来るもの
 涙 流した回数を 忘れかけてた今頃
 やっとやって来たの あなた 
 Hey Yeah It’s Just You
 作りこんだネイルも 少しずつ 剥がれ落ちる
 ありのままの私を そっと包んで欲しいのよ

 一連のオリジナル曲は、少女時代のみずみずしい感性をいとおしみながら、通り過ぎた時間を、成熟した女の言葉で振り返っています。それはいまだから歌える“恋物語”なのにちがいありません。

・「白根真理子はアラカルト料理である」 

ジャズ・ボーカルを聴きに行って、最初から最後までスタンダードを歌われるとうんざりすることがあります。その点、白根さんのライブは、スタンダードあり、POPSあり、オリジナルありと、上手に構成されています。お仕着せのコース料理ではない、えもいえぬ上質なアラカルトを頂く趣きがあります。満腹するのではない、心地よい満足感に浸れるのです。このCDには味付けのちがうPOPSとオリジナル曲が12曲散りばめられています。洗練されたカモメ・ライブの雰囲気が味わえて、とてもおいしいんです。

 曲はすべて布川氏のアレンジです。カモメでホール&オーツのPrivate Eyesを歌っている時、あまりにも素敵なアレンジなので「ライブだけで消えてしまうのはもったいないな」と思ったのがCD制作の動機になったそうです。本CDの4曲目に収録されているこの曲、緩急自在な、たいへん難しい編曲になっていて、私のような素人目には「白根さん、歌うの大変だっただろうな」と同情します。ひょっとしてこれ、白根さんに対する布川氏の“愛のムチ”ではないかと想像してしまいます。で、こんな難曲をさらりと歌いこなしてしまう白根さんの力量もたいしたものなんですね。

 演奏メンバーには布川氏を中心に、そうそうたるミュージシャンが集まっています。初CDでこんな素敵なパーソネルに囲まれた白根さんは幸せですね。その布川氏、このCDでは5本のギターを使い分けておられます。異なった音色が曲ごとに美しい陰影をつけています。わたしは昔からアコースティックで呼吸してきた人間ですので、布川氏の上品でインテリジェンスに溢れたアコギの演奏が好きです。特にPrivate Eyes導入部のオクターブ奏法、Amazing Graceのボーカルとのデュオの部分は、心深く染み入りました。

 Alfieは白根さんがご自分のブログで「このCDに入れるいいバラッドはないかしら?」と呼びかけられ、あつかましくも私(ほかに何人か)が「Alfieを!」とお願いしたんです。どんな風に歌われるか楽しみにしていましたら、ピアニスト福田重男氏とのデュオになりました。福田氏は、リリカルなのに抒情に流されず、ソフィスティケートされているのに熱いという、実にぞっとするような美しいソロを弾く人ですが、ボーカルのバックに入った時が最高にすばらしいんです。布川氏の言葉を借りると、「歌伴の名手」なんですね。白根さんとの息もぴったりで、こんなAlfieになるとは想像を絶しています。

 メンバーで一番若いドラムスのジーン・重村氏はMaltaのバンドなどでは豪快なドラミングをされます。私のサックスの師匠であるY先生との共演ステージでもたいへんな迫力でした。いわゆる“やんちゃ”なドラマーなんですが、さすが空気を読むというか、このCDでは大人の演奏に徹しておられるのが心憎いです。

 他のパーソネルの皆さんも言うに及ばず実力者ばかりです。このCDでは白根さんの歌うことへの一途な思いが、多くの人の心に共鳴して、全員、あたたかく白根さんのボーカルをサポートされている様子が伝わってきます。

 最後に、白根さんのボーカリストとしての活動をずっと見守り、応援してきた多くのブログ仲間がいます。白根さんの喜びや悲しみや苦しみをネット上で共有し、励ましたり、励まされたりした、そんなすばらしい仲間と一緒に、“POPJAZZボーカリスト”白根真理子の誕生を喜びたいと思います。


           Shima (しま一奇)=筒井之隆